黒魔術部の彼等 ディアル編1


室内は遮光カーテンで区切られており、外の世界と断絶されている。
中心には複雑な模様をした魔法陣、周囲を取り囲む青白い炎の蝋燭。
怪しすぎるこの空間で、一人は薄笑いを浮かべて魔法陣を見つめ、一人は心配そうに眉をひそめ、一人は静かに本を読んでいた。

「我は求め訴えり・・・さあ、召喚されよ、悪魔■▲%?●●」
不思議な言語で、黒装束の少年が悪魔の名を呼ぶ。
そのまま数秒、特に何も起こる様子はない。
「おかしいですねえ・・・条件は整っているはずなのですが」
「キーン、もしかして月の暦を間違っているんじゃないか?」
キーンと呼ばれた黒装束の少年は、袖口からさっとカレンダーを取り出す。

「今日は新月のはず・・・・・・おや、これは去年のカレンダーでしたねえ」
キーンはカレンダーをゴミ箱に放り、蝋燭を消して回る。
部屋が暗くなるともう一人が電気をつけ、また本に目を落とした。
「環境を整えるのに夢中で、単純なミスをしてしまいました。ソウマさん、ご指摘ありがとうございます」
「うん、まあ、気付けてよかった」
ソウマは残念なような、ほっとしたような、複雑な表情になる。
この黒魔術部に入った以上、肩を落とさなければならないのだけれど
本当に、とんでもない悪魔が出てきたら腰を抜かさずにいられるだろうかと不安にも思っていた。

「残念でしたが、今日はここまでにしましょうか。ソウマさん、ディアルさんもお疲れ様でした」
ディアルは本を閉じ、無言で部屋を出る。
ソウマは、その背を自然に目で追っていた。
こんな怪しい部活に入ったのも、ディアルという相手がいたからだ。
最高学年で成績はトップクラス、だが滅多に授業には出ない。
何よりも、人を寄せ付けないような張りつめた雰囲気を持つ、近寄りがたい存在だった。
憧れているのだろうか、そんな相手のことを知りたいと思ってしまう。
けれど、会話のきっかけがなくてただ目で追うことしかできないでいた。

「ソウマさんはまたディアルさんを見て、そんなに気になりますか?」
「え、あ、まあ、不思議な人だから」
「確かに、自分の感情を相手に示すことはしませんが、案外普通の人だと思いますけれどねえ」
キーンからしてみれば、この世の大半の人は普通だと思う。
いつでも黒装束で、魔術をこよなく愛し、薄ら笑いを浮かべる。
その姿はまるで死神だと、ディアルとは違う理由で周りから避けられていた。

「ディアルさんのことが知りたいですか?お答えできることなら、お教えしますよ」
「えーっ、と・・・」
知りたいことはたくさんあるはずなのに、いざ聞かれたら言葉が出てこない。
「ま、ご質問ならいつでもどうぞ。ソウマさんは部活動の大切なメンバーですからねえ」
「あ、ありがとう・・・」
不純な動機で入部したと知られたら、呪われるかもしれない。
キーンにしても、不気味ではあるがそれ以外で悪い噂は聞かない。
それでも、この相手はどこか危険だと、本能的に感じることがしょっちゅうあった。


翌日の放課後も、怪しい部活へ行く。
今日の室内は明るく、ディアルはいつものように読書に勤しんでいた。
キーンはソウマの姿を見るとすぐに駆け寄る。
「こんにちはソウマさん。今日は画期的な薬の作成・・・と、いきたいところなのですが、材料のマンドレイクが不足しているんです。
早速で悪いんですけれど、森へ捕ってきていただけませんか?ディアルさんと一緒に」
最後の一文を聞いて、ソウマは目を丸くする。
ディアルと共に行動できるなんて光栄だ、けれども

「マンドレイクくらいなら一人で取ってこられるよ。何株?」
「二株ですけれど、大丈夫ですか?抜く瞬間の悲鳴を聞いたら気絶してしまいますのに」
「声をかき消す音波があるから。行ってくるよ」
音楽プレーヤーを見せ、部室を出る。
一緒に採取に行かせるなんて、その相手に興味を持っていることが見え見えで
そんなあからさまな状態じゃあ、緊張するだけで何も言えなくなるに違いなかった。

森へ着くと、足早にマンドレイクの群生地へ行く。
耳にはしっかりとイヤホンをつけて、怪音波を流していた。
蚊の羽音のような高い音は周囲の音を完全に遮るけれど、長く聞いていると頭痛の元になる。
早く終わらせようと辺りを探すと、案外簡単にマンドレイクの頭が見つかった。

ふさふさとした葉を掴み、一気に引き抜く。
その瞬間、マンドレイクは絶叫し根っこを激しく動かした。
音は聞こえずとも、空気が震えるのがわかる。
マンドレイクがぐったりとすると、袋に詰め込んだ。

やはり、ディアルの手を煩わせることでもなかった。
もう一株のマンドレイクは多少大きくて、両手で強く引き抜く。
また空気が震え、マンドレイクは逃れようと根をばたつかせる。
その際中て、根っ子が耳のイヤホンを弾き飛ばした。
「あ・・・!」
はっとしたときには遅く、身の毛のよだつほどの絶叫が脳を揺さぶる。
ふっと目の前が暗くなり、体は力なく倒れていた。




気がついた時、硬い地面の感触はせず、柔らかな布団に包まれていた。
体を起こすと、ずきりと頭痛がして顔をしかめる。
自分のいる部屋は本棚と、椅子と、そしてディアルだけがいた。
「気がついたか」
「え、あ、え?どうして、ディアルさんが」
焦って視線をうろつかせると、また頭が痛んで眉をひそめる。

「マンドレイクの声を聞いて倒れていたんだ、安静にしていろ」
ディアルは、子供をあやすようにソウマの頭を軽く叩く。
マンドレイクの声にやられて、幻覚を見ているのではないかと疑う。
自分がディアルの部屋にいて、頭に触れられているなんて。
ぼんやりとしていると、ふいにディアルが手を離す。

「少し待っていろ」
ディアルが部屋を出て、いつもと同じく背を見詰める。
数分して、その相手が帰ってきてくれたことが嬉しかった。
だが、手に真っ黒な液体が入ったコップを持っていてぎょっとした。
「キーンが調合した気付けだ」
差し出され、怖々と受け取る。

「これ・・・墨汁でも入っているんじゃ・・・」
「さあな」
鼻を近づけると、見た目に反して何の匂いもしない。
じっと見られていて、思い切って口をつけた。
一口飲んでも、臭いも味もしない。
まるで水を飲んでいるようで、むしろ奇妙な感じがした。

「こんなにおどろおどろしいのに、無味無臭なんて逆に不気味ですね」
「あいつは不気味なものが好きだからな。見た目には拘る」
飲み干すと、ディアルがコップを受け取る。
「お前はよく部活に来るが、同じような趣味があるのか」
「いえ・・・正直に言うと不気味なものは好きじゃないです」
あなたに近付きたいから、なんて言えるはずはない。

「・・・でも、ディアルさんはキーンを理解しているから部活に来ているんじゃないですか?」
本を読むためだけに、あの怪しい空間に来ているとは思えない。
ディアルは答えを探すように少し黙った。
「理解、か・・・共通点はあるがな」
「共通点?学年一秀才なところですか」
「いや・・・」
そこで、会話は途切れる。


「す、すみません、嫌なこと聞いてしまったでしょうか」
「そういうわけじゃない・・・頭痛はマシになったのか」
「あ、はい、だいぶ」
「なら、来い」
腕を引かれ、立ち上がる。
これが幻影ではありませんようにと、切に願った。

移動した隣の部屋には、でかでかとした機械が設置されていた。
「これ・・・転送装置!?」
中心には人か入れるスペースがあり、人を一瞬で異動させられる貴重な機械。
よほどの大富豪か権力者しか持っていないと言われているほど高価なものだ。

「どこに行きたい」
「えーと・・・じゃあ、学校で」
ディアルが装置を操作すると、中心に丸い輪が現れる。
「入れば部室に着く」
転送装置なんて使ったことがなくて、緊張気味に足をすすめる。
その前に、輪に入る直前でぱっと振り返った。

「あの・・・今日はありがとうございました。会話ができて、嬉しかったです」
ディアルは何も言わず、ただソウマを見る。
嫌悪や侮蔑ではなく、珍しい生き物を見ているような様子だった。
「早く行け、空間が途切れる」
「あ、はいっ」
急いで輪の中に入ると、空間が歪む。
酔いそうになって目を閉じると、やがて空気が変わったのがわかる。
目を開くと、そこは見慣れた部室だった。

「ソウマさん、お帰りなさい。転送装置で送ってもらったのですね」
「た、ただいま」
キーンは驚く様子もなく、平然と出迎える。
「ちょうどいいところに来ましたね。たった今、画期的な薬が完成したところです」
キーンは、嬉しそうに小瓶に入った金色の液体を見せる。
漆黒の不気味さはまるでなく、みしろ神々しい。

「珍しく綺麗だけど、何の薬?」
「これは幸運薬と言いまして、飲んだ人には天運が味方する秘薬です」
明らかに疑わしい効力に、どう反応していいか迷う。
天運がつく、なんて立証できるのだろうか。

「ソウマさん、試してみませんか?」
「え・・・まあ、興味はあるけど・・・」
「差し上げますよ。ここぞというときに使って、効果のほどを聞かせてください」
有無を言わさず手に押し付けられ、小瓶をまじまじと見る。
本当に、薬でツキがよくなるものなのだろうか。
疑いつつも、脳裏にはディアルの姿が浮かんでいた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
黒魔術部、という何でもありの部活。設定ふわふわしておりまする。